捕鯨問題で日豪が仲違いすれば
日豪安保共同宣言を懸念してる中共にも願ったりかなったり。
オーストラリアが日本の捕鯨に強く反対しているのに対し、日本側からの反論として「他にもノルウェーなど商業捕鯨推進国はあるのに、なぜ日本ばかり目の敵にするのか。人種差別だ」「オーストラリア人は鯨を殺すなというが、自分達も牛や豚を殺して喰っているではないか。
ディンゴなどの野生動物を絶滅に追いやっているではないか。おかしいだろう」という意見が暫し聞かれる。反捕鯨運動に対する批判はまことに結構なことであるのだが、この種の反論に果たして意味があるのかと少々疑問に思う。
まず押さえておくべきなのは、オーストラリアでも皆が捕鯨に強く反対しているわけではなく、そして反対している者の多くは左に傾いている人間だという点である。
Marc Morano: "The environmental group Friends of the Earth, in attendance in Bali, also advocated the transfer of money from rich to poor nations on Wednesday. 'A climate change response must have at its heart a redistribution of wealth and resources,' said Emma Brindal, a climate justice campaigner coordinator for Friends of the Earth."
Forbes, November 11, 1991: "In 1985 French government agents, attempting to thwart a Greenpeace obstruction of nuclear testing, blew up Greenpeace's ship Rainbow Warrior in Auckland, New Zealand. Photographer Fernando Pereira, who was on board at the time, was killed.... But the martyrdom was somewhat sullied by allegations that Pereira was allied with terrorists. A German intelligence official says that German and Dutch intelligence agencies had files on Pereira describing him as a "contact" of a political front man for the terrorist Second of June Movement gang, and as a contact with the Soviet KGB in planning antinuclear missile protests in Western Europe.... It seems clear that Greenpeace's benign image and name, so redolent of goodness, are a cover for a disdain for capitalism. Not surprisingly, international board member Susan George and military expert William Arkin used to work at the notoriously leftist Institute for Policy Studies."
George Reisman: "The only difference I can see between the green movement of the environmentalists and the old red movement of the Communists and socialists is the superficial one of the specific reasons for which they want to violate individual liberty and the pursuit of happiness. The Reds claimed that the individual could not be left free because the result would be such things as "exploitation," "monopoly," and depressions. The Greens claim that the individual cannot be left free because the result will be such things as destruction of the ozone layer, acid rain, and global warming. Both claim that centralized government control over economic activity is essential. The Reds wanted it for the alleged sake of achieving human prosperity. The Greens want it for the alleged sake of avoiding environmental damage.... [And in the end, both] the Reds and the Greens want someone to suffer and die; the one, the capitalists and the rich, for the alleged sake of the wage earners and the poor; the other, a major portion of all mankind, for the alleged sake of the lower animals and inanimate nature."
オーストラリアに限らず、日本でもアメリカでも、アニマルライツや環境保護といった運動に関わっているのは昔学生運動に関わっていたり共産主義に傾倒していたような人間が多い。それで、上述のような批判を日本の左派に対して行った場合を考えてみれば、その不毛さがよく分かる。
例えば、日本の
プロ市民がアメリカの原爆投下やイラク侵攻、人種差別を批判していて、それに怒ったアメリカ人が「日本はもっと酷い南京大虐殺やっただろう」「日本も在日朝鮮人を差別してるだろう」などと返したとする。プロ市民は勿論そんなことを言われてもこたえはしない。「ああ、その通りだな」と言うだけだろう。普段から「
自虐」と呼ばれるほどに自分達でも自国の政府や体制を糾弾しているのだから、外国人がそれに賛同して同様な批判をするならむしろ願ったりかなったりである。
オーストラリアの左翼も当然、
アボリジニーの強制隔離に関する政府謝罪請求運動などにも積極的に関わっているわけで、同じオーストラリア人でも
白豪主義を支持していた層とは全く異なる。そういう連中に対し「オースオラリアは人種差別国家だ」と指摘しても、そうはこたえない。他の絶滅危惧種の保護にも当然積極的なわけで、牛豚鶏の
factory farmingに強く反対するものもいれば、ベジタリアンもいる。そういう連中にディンゴはどうだなどと言っても意味は無い。
この点で、オーストラリアの反捕鯨運動は中国や韓国の反日運動と本質的に異なる。中国や韓国で歴史教科書や戦後補償・謝罪問題に関して声を荒げているような連中は、もっぱら愛国心、民族主義に駆られてやっているので(左右を問わず)、「おまえらもチベットを蹂躙しているだろう」「ベトナム戦争で民間人を虐殺しているだろう」などと指摘すると途端に弁解がましくなる。日本の自虐左翼のように「まったくその通り、嘆かわしい事だ、もっと責めてくれ」とはいかない。
では何故に日本だけが反捕鯨運動において目の敵にされているのかと言えば、それは日本の捕鯨が大規模な商業捕鯨であるからに他ならない。つまり、日本の捕鯨には資本主義が絡んでいる故に、マルクス主義を引きずってる連中が問答無用で極度に反発している。だからエスキモーが伝統文化として細々と捕鯨をやってるのは大目に見る。無論、日本の捕鯨も伝統文化であることに変わりはなく、商業化されたからといって文化でなくなるわけではないのだが。
Labels: 時事
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