菊の御紋のパスポート
日本人ほど自国民論(つまり
日本人論)が好きな国民はいない、と言われる。実際、日本人論関連の書籍は毎年大量に刊行されている。しかし、「日本人」の定義、特に民族としてのそれは、なぜか明白なものが容易には見つからない。まずは毎度のごとく国語辞典における定義から見てみることにする:
広辞苑- 日本人:1.日本国に国籍を有する人。日本国民。2.人類学的にはモンゴロイドの一。皮膚は黄色、虹彩は黒褐色、毛髪は黒色で直毛。言語は日本語。
- 日系:日本人の血統をひいていること。「―アメリカ人」
大辞林
American Heritage- Japanese: 1a. A native or inhabitant of Japan. b. A person of Japanese ancestry.
日本人=日本国民というのは明白な定義で、これについては曖昧な部分など無い。しかし日本人は、大辞林におけるように、単に「日本の国籍をもつ者」に限定されるものではない。例えば「日系アメリカ人」などの語においては「日本人」(「Japanese-American」の「Japanese」)をアメリカ国内における少数民族(英:minority ethnic)の一つとしてとらえており、日系アメリカ人は当然日本国籍など所持していない。「アメリカ人」という言葉の場合はほぼアメリカ合衆国民に限定され、「アメリカ民族」なる概念は存在しないので混乱の余地は無いが、「日本人」の場合は少なくとも国民としての日本人と民族としての日本人の2つの意味を有し、そう話は単純ではない。
では国民以外の日本人定義には如何なるものがあるのか? 広辞苑には「日本国に国籍を有する人」とは別に「人類学的にはモンゴロイドの一。皮膚は黄色、虹彩は黒褐色、毛髪は黒色で直毛。言語は日本語。」とある。しかし、黄色い皮膚云々は東アジアの諸民族の多くにも共通する生物学的な特徴であり、日本人固有のものではない。俗に「日本人」と呼ばれる集団に共通する生物学的特徴としてこれらを挙げる事はできても、それだけをもって独立した「日本人」という人種的分類を成す事はない。人種的分類としてはモンゴロイドだけで済む。また、「日本人」のそうした遺伝的特徴なり形態的特徴を調査するには、まずは調査対象となる「日本人」をサンプリングせねばならないわけで、その際の選定基準はそもそも何だったのという疑問が残る(「日本人」定義があらかじめ無ければ「日本人の特徴」など調べようが無い)。後半の「言語は日本語」も、日本語を喋れば日本人になる、というのもおかしな話である。
ケント・デリカットは流暢な日本語を話すが別に日本人ではない。
次に、国語辞典より少し詳しい百科事典を見てみよう:
世界大百科事典(平凡社)- 日本人:一般的に皮膚の色が黄色,頭髪は黒色, 直毛で,体毛はうすく,髭は少ない。身長は中位,手足は短く,胴長である。 頭の形は比較的丸く,顔は扁平,蒙古ひだ がみられる。 また幼児期には強い蒙古斑 が現れる。 以上のような点からみて日本人がモンゴロイド大人種 に属していることは疑いない事実である。 しかしモンゴロイドはいくつかの集団に分かれており, これらの集団が日本列島において混じり合い, 現在の日本人が形成されていった過程は, 必ずしも単純なものではない…
マイペディア(平凡社)- 日本人:人類学上は,旧石器時代あるいは縄文時代以来,現在の北海道〜沖縄諸島(南西諸島)に住んだ集団を祖先にもつ人々。また法律上は,日本国に国籍を有する人々。多くは日本語を母語とし,身体的特徴として一般に皮膚の色は黄色,虹彩は黒褐色,毛髪は黒色で直毛,また幼児期に蒙古斑が現れることなどから,人種としてはモンゴロイド大人種に属していることは疑いない。しかしモンゴロイドはいくつかの集団にわかれており,これらの集団が日本列島において混じり合い,現在の日本人が形成されていった過程は必ずしも単純ではない。現代においてもアイヌ,本州日本人(四国・九州を含む),南西諸島人の身体形質の間にはかなりの偏差がみられ,本州人と一括される人々においても地域や時代によって明確な変異が指摘できる…
エンカルタ(マイクロソフト社)- 日本人:日本人という語の意味は、大きく3種類にわけることができる。第1は日本国籍を有する日本国民という意味で、人間を国家単位で、政治的に分類したときのグループである。第2は日本人種という意味で、人間を生物学的・身体的特徴によって分類したときのグループである。第3は日本民族という意味で、文化を基準に人間を分類したときのグループである。また、文化のなかで言語はとくに重要なので、日本民族は日本語を母語としてもちいる人々とほぼ考えてよい。これら 3種の日本人が同義ではないことはいうまでもない。
人種としての日本人はモンゴロイド(黄色人種)に属し、明色から黄褐色までをふくむ黄色い肌、黒色の直毛、うすい体毛、短頭、内眼角ひだ(蒙古ひだ)、小児斑(蒙古斑)などの一般的なモンゴロイドの特徴をしめしている。ただし、地方差もかなりある。たとえば血液型では、全体にA型がもっとも多いが、A型遺伝子の頻度は東北地方から西日本にむかってしだいに高くなっている。日本人をほかのモンゴロイドと明確にわける身体的特徴をあげることは不可能であり、モンゴロイド人種内の1グループとして「日本人種」というたしかな集団が存在するわけではない。
Encyclopædia Britannica- Japanese ethnicity: The Japanese people are members of the Asiatic geographic race and are closely akin to the other peoples of eastern Asia; they constitute the overwhelming majority of the population. During the Tokugawa period, there was a social division of the populace into four classes (warrior, farmer, craftsman, and merchant)....
Columbia Encyclopedia- Japan. Japan is an extremely homogeneous society with non-Japanese, mostly Koreans, making up less than 1% of the population. The Japanese people are primarily the descendants of various peoples who migrated from Asia in prehistoric times; the dominant strain is N Asian or Mongoloid, with some Malay and Indonesian admixture.
エンカルタ英語版- Japan Ethnic Groups: The overwhelming majority of Japan’s population is ethnically Japanese. Closely related to other East Asians, the Japanese people are believed to have migrated to the islands of present-day Japan from the Asian continent and the South Pacific more than 2,000 years ago. The Ainu are Japan’s only indigenous ethnic group. Japan is also home to comparatively small groups of Koreans, Chinese, and residents from other countries.
世界大百科事典もマイペディアも共に、俗に「日本人」と呼ばれる集団が持つ生物学的特徴をだらだらと述べているだけで、上述の通りこれらの特徴が日本人に固有のものでない以上、これらをもって日本人の定義とすることはできない。エンカルタ日本語版では「日本人をほかのモンゴロイドと明確にわける身体的特徴をあげることは不可能であり、モンゴロイド人種内の1グループとして
『日本人種』というたしかな集団が存在するわけではない」とはっきりと書いている。Encyclopædia Britannicaは「Japan」の項目内に「Japanese ethnicity」の節を設けているが、これが日本の人口において多数派を占め「アジア地域人種」(Asiatic geographic race)に属するとするとしている。後半は平凡社百科事典と同じく具体的な定義にはなっていない。前半の「多数派」も、多数派認定されるには予め独立した分類として日本人定義が確立していねばならず、「多数派」のみでは日本人定義たりえない。Columbia Encyclopedia、エンカルタ英語版もEncyclopædia Britannicaと同様である。
エンカルタ日本語版の第三の定義が興味深い:「日本民族という意味で、文化を基準に人間を分類したときのグループである。また、文化のなかで言語はとくに重要なので、日本民族は日本語を母語としてもちいる人々とほぼ考えてよい。」日本人=日本に固有の文化を共有する集団であるところの日本民族と言うわけだ。「文化のなかで言語はとくに重要」というのは前述の広辞苑の定義「言語は日本語」とも合致する。そこで、「民族」の定義をふたたび国語辞典で引いてみる事にする。
広辞苑- 民族:(nation) 文化の伝統を共有することによって歴史的に形成され、同属意識をもつ人々の集団。文化の中でも特に言語を共有することが重要視され、また宗教や生業形態が民族的な伝統となることも多い。社会生活の基本的な構成単位であるが、一定の地域内に住むとは限らず、複数の民族が共存する社会も多い。また、人種・国民の範囲とも必ずしも一致しない。
大辞林- 民族:「われわれ…人」という帰属意識を共有する集団。従来、共通の出自・言語・宗教・生活様式・居住地などをもつ集団とされることが多かった。民族は政治的・歴史的に形成され、状況によりその範囲や捉え方などが変化する。国民の範囲と一致しないことが多く、複数の民族が共存する国家が多い。
同じ文化を共有し、その共有に長い歴史があり、かつその集団において同属意識がある。なるほどもっともな定義だ。大辞林の定義にある「共通の出自」つまり共通の祖先を持つという事は、平凡社百科事典で延々と述べられている人種的(生物学的・身体的)特徴にも繋がる。「同属意識」も、例えばアメリカの国勢調査等においては民族的出自の項目はほぼ自己申告であり、言わば調査対象が「同属意識」を持っていることが唯一の基準になっている。
であれば、「日本人」の定義として最初から「日本民族:日本固有の伝統文化(特に言語)、出自(先祖、遺伝子)、歴史を共有し、同族意識を持つ集団」とでも国語辞典に載せておけば良いものを、何故かそういう簡潔で包括的な定義を一カ所に見つけることは難しい。広辞苑には「大和民族」という語も載っているが、その定義は「日本民族に同じ。→日本人。」のみ。上述の広辞苑の2番目の日本人定義「人類学的にはモンゴロイドの…」を指すのであろうが、これが適切な定義ではないことは上で示した通り。
なんとも不思議な話である。日本民族定義の曖昧さの原因については、また後に改めて考えてみたい。
Labels: 哲学
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では、サッカー選手の闘莉王みたいに、同族意識がブラジル人側に偏っている人はどのように定義するのですか?(同族意識がをブラジル人側に偏っていると仮定してください。)
また、同族意識の持てない赤ん坊は、どの用に定義するのですか?