ベンサムのミイラ
1月17日の記事でいきなり道義的責任という概念の抱える問題についての所感を色々書き出してしまったのだけれども、そもそも「道義的」とは何か、「責任」とは何か、という部分を明確にしておかななければならなかったように思うので、この記事で改めて少し書いておくことにする。
哲学的問題の多くは言語に関する誤解に起因しているとし、国語辞典などを使用して日常言語における問題概念の用例を検証する方法論を提唱した
ジョン・L・オースティンにならって、まずは国語辞典で「道徳」他の定義を引いてみる:
広辞苑- 道徳:人のふみ行うべき道。ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の行為の善悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体。法律のような外面的強制力を伴うものでなく、個人の内面的な原理。今日では、自然や文化財や技術品など、事物に対する人間の在るべき態度もこれに含まれる。
- 倫理:1.人倫のみち。実際道徳の規範となる原理。道徳。2.倫理学の略。
- 道徳哲学:倫理学に同じとする立場と、倫理学を習俗の事実学とし、道徳哲学を道徳規範の学として区別する立場とがある。技術による環境の変化から新しい試みがなされている。
- 倫理学(ethicsに井上哲次郎が当てた訳語):社会的存在としての人間の間での共存の規範・原理を考究する学問。倫理の原理に関しては大きく二つの立場がある。一つは、これをア‐プリオリな永遠不変のものとみる立場で、プラトンやカントがその代表。他は、これを社会的合意による歴史的発展的なものとみる立場で、アリストテレスや近現代の英米系の倫理思想の多くがこれに属する。
- 責任:1. [荘子天道]人が引き受けてなすべき任務。「―を全うする」「―を持つ」「―をとる」2. 政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責せめ・科とが。法律上の責任は主として対社会的な刑事責任と主として対個人的な民事責任とに大別され、それぞれ一定の制裁を伴う。
大辞林
- 責任:1.自分が引き受けて行わなければならない任務。義務。2.自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い。3.〔法〕 法律上の不利益または制裁を負わされること。狭義では、違法な行為をした者に対する法的な制裁。民事責任と刑事責任とがある。
American Heritage
- morality: 1. The quality of being in accord with standards of right or good conduct. 2. A system of ideas of right and wrong conduct: religious morality; Christian morality. 3. Virtuous conduct. 4. A rule or lesson in moral conduct.
- moral philosophy: Ethics.
- ethic: "1a. A set of principles of right conduct. b. A theory or a system of moral values: “An ethic of service is at war with a craving for gain” (Gregg Easterbrook). 2. ethics (used with a sing. verb) The study of the general nature of morals and of the specific moral choices to be made by a person; moral philosophy. 3. ethics (used with a sing. or pl. verb) The rules or standards governing the conduct of a person or the members of a profession: medical ethics."
要は道徳というのは、行為の善悪を規定する基準、規範のことである。道徳は、日本語においては一般に、政治的権力の裏付けを持ち物理的拘束力がある法律に対し、人が個人として自ら行動を律する際に参照する規範のことを言うが、「善悪を規定する規範」ということでは道徳は法律を包摂する。伝統、風習に基づく価値観、宗教、法律(公衆道徳)など、道徳的規範にも色々あるが、善悪を学問的に深く探求し、体系を構築すれば道徳的規範は道徳哲学となる。
厳密には道徳哲学には二種類ある。一つは研究者自身も正しいと信じる規範を提唱する規範倫理学(英:normative ethics)。これは一般的な道徳規範の延長と言える。もう一つは道徳的規範を、あたかも人類学者が異民族の風習をフィールドワークで調査するような形で、客観的に研究する
メタ倫理学(英:metaethics)である。例えば、快楽を増幅する行為が善であるとし、
最大多数の最大幸福を推奨する
功利主義は規範倫理学の学説である。ある行動が正しいという道徳判断はその判断者のその行動に対する支持の感情を表すものである、とする情緒説(英:emotivism)はメタ倫理学の学説である。(もはや哲学というより心理学に近い。)後者が道徳的判断・言明を分析するだけに留まるのに対し、前者は分析に加えて望ましい道徳規範を提唱している。
では「責任」の概念の方はどうか。「道義的責任」とあるからには、責任概念を用いる道徳的規範があるということだ。先述の、イギリスの哲学者ベンサム、ミルらが提唱した功利主義が快楽概念によって行為の善悪を判断するように、責任概念を道徳的価値判断の基礎におく道徳哲学がある。これを義務論(英:deontology)と呼ぶ(日本語の哲学用語では「責任」ではなくて「義務」という言葉を使う)。ドイツの哲学者
カントらが主な提唱者。功利主義が行為の結果がもたらす快楽の量によって善悪を規定するのに対し(結果主義、英:consequentialism)、義務論においては、結果がどうあれ、善行はその行動自体が善であるが故に行われなければならないとする。
カントはまた懲罰における応報刑論の主要な論者の一人でもある。
広辞苑
- 応報刑主義:刑罰は犯罪により生じた害悪に対する応報であると考える立場。いわゆる旧派・古典学派。
- 応報:善悪の行いに応じて吉凶・禍福のむくいを受けること。果報。「因果―」
一方功利主義では、犯罪者を犯罪を犯したが故に罰するのではなく、さらなる犯罪を抑止することを目的とした懲罰を提唱する(目的刑主義)。
Labels: 哲学
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